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改訂版
蝶々夫人
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百年ほど昔、オペラ「蝶々夫人」初演当時。遥かに遠い日本の姿は正しく書かれず、いまだそのまま上演されている。
オペラは白人が白人のために創り上演してきた舞台芸術である。プッチーニは遠い東洋の娘「蝶々さん」が、港を渡り歩く米軍海軍士官ピンカートンと恋に落ち、子ををなして捨てられ自刃して果てる姿を欧米人のために殆ど想像で書いた。
長崎の蝶々さんの家の庭の彼方に見えるはずのない富士山の姿。彼女は家に下駄履きのまま入る。蝶々さんの叔父、仏門の僧侶ぼんぞーは、「経華蓮法妙無南」(※)と下から上に、逆さに書かれた神社のミニチュア鳥居をワシ掴みに、ちょんまげ頭で「かみ、さるんだしーこ」と神道の猿田彦の神だと考えるしかないへんてこな呪いを叫ぶ。蝶々さんの侍女すずきは仏壇の前に額ずき「いざなぎいざなみ」と祝詞をあげる。当時の長崎の住人がイタリア語で全部歌い若い米国軍人の前に跪く。お客はチンプンカンプン。
こういう国辱的な日本誤認を改める台本を書いた。恋人を通じ言葉を理解するようになった蝶々さん、ピンカートンに接するすずき、長崎在住の米国領事、外人と日本女性との結婚周旋人ゴローの4人は、伊語と日本語を理解する設定で、他の日本人は皆日本語だけで、ピンカートンは伊語だけで、それぞれ歌う。「NPOみんなのオペラ」来夏上演のためだ。
入場料を安くするだけでなく、前知識無しで楽しめなければ、オペラは神棚に止まるしかない。
2002年6月14日
※・・・原文では「南無妙法蓮華経」が縦書きで下から上へと逆さに記述してありますが、
ホームページが横書きの環境のため、このように記載致しました。ご了承ください。
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