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「蝶々さん」改訂版上演に燃える−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−声楽家 岡村喬生さん(71歳)



 太く、低く、ホールの壁全体を揺るがすかのように歌うバス歌手。日の歌を聴くたび、創造主はなんと粋なことを、と思う。どんな楽器よりも、心を酔わせ、震わせる「人間」の声。そんな声の持ち主、岡村喬生さんが今、プッチーニ作曲のオペラ「マダム・バタフライ」の改訂版上演に燃えている。
―――初演から100年、なぜ改訂版「蝶々さん」なのか?
その国の文化を世界に紹介するに最高の芸術がオペラ。ところが、日本を舞台とする「蝶々さん」は何と1904年の初演以来、誤った認識のまま上演され続けている。坊さんが鳥居のミニチュアを手に登場したり、蝶々さんがげたを履いたまま家に上がったり。公演のたびに「違う!」と言い続けてきたが、白人の世界(オペラ)に割り込んだ東洋人はいわば「エイリアン」なんだな。それで「原作と、演出の間違いを直した改訂版をやろう」と。
―――どんな改訂を?
 衣装、演出の間違いを直すのは当然として、日本人役で登場する人物の歌唱部分は邦訳し、原作にはないせりふも一部挿入した。私と同じ思いを抱いてきた指揮者、舞台美術家、演奏家らが協力してくれ7月26日、27日の「ティアラこうとう大ホール」(東京都江東区住吉2)での公演です。赤字覚悟だが、本物のオペラを「観てほしい、知ってほしい」と。こんなドン・キホーテがいてもいいだろ?
―――岡村さんの母校は早稲田大。ジャーナリスト志望から一転、歌の道に入ったきっかけは?
 叔父が新聞記者だったので早稲だの新聞学科に入ったんだが、新人歓迎の席で自己紹介しようにも芸も何もない。友人から「グリークラブにでも入ろうか」と誘われ、練習をのぞいたら、これがすごい。ワーンとハーモニーして。「こんなのが早稲田にあったのか」って。それからは勉強そっちのけ。卒業と同時にプロ歌手の道に。歌が好きで好きでたまらなかったんだ。
―――声楽家としては、どんな健康法を?
 公演がないときは、週2回、目の前でお客が聴いていると思って2時間ほどピシッと歌う。伴奏のピアニストは有料。自分にタガをはめてやらないと、練習も練習にならない。それに10年前から始めたトレーニングセンター通い。往復40分ほどを歩いて通い、自転車こぎなどで約2時間半、汗を流している。おかげで105キロあった体重が80キロに。肥満体だといい声が出るというのはウソ。ただ、太ってる方が舞台に立つと映える。これは確かだ――うん。

文・津武欣也 / 写真・松村明


おかむら・たかお 東京都出身。28歳でローマのサンタ・チェチーリア音楽院に留学。トゥールーズ国際声楽コンクールで優勝し、オーストリア、ドイツの歌劇場専属の第1バス歌手に。以降、国際的オペラ歌手として活躍する。49歳で帰国、音楽活動のほか、講演、テレビ出演などでクラシック音楽の普及に努めている。「ヒゲのオタマジャクシ 世界を泳ぐ」(新潮社)など著書も多数。